2025年10月17日、刈谷商工会議所2F大ホールにて開催された厚生労働省主催「第5回 職場における学び・学び直し促進シンポジウム ─ 企業と従業員が共に学び、共に育つ時代へ ~製造業等の未来を拓く人材育成と学び直し~」に、有識者講演およびパネルディスカッションのモデレーターとして登壇しました。
厚生労働省主催のシンポジウムにて、製造業の集積地・愛知県西三河地域の皆様を中心に、企業の経営者・人事担当者・従業員の皆様と、これからの人材育成と学び直しについて議論する貴重な機会となりました。本記事では、登壇内容と当日の議論を振り返ります。
シンポジウムの概要と意義
このシンポジウムは、厚生労働省が推進する「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」の普及啓発を目的とした企画です。第5回となる今回は「企業と従業員が共に学び、共に育つ時代へ ─ 製造業等の未来を拓く人材育成と学び直し」をテーマに掲げ、愛知県西三河県民事務所との共同開催として、製造業の集積地である刈谷の地で実施されました。
会場となった刈谷商工会議所には、製造業を中心とする企業の経営者・人事担当者・従業員の皆様にお集まりいただき、オンライン配信も行われるハイブリッド形式での開催となりました。物理的に集まれた会場の熱量と、全国からオンラインで参加いただいた皆様のリアクション、その両方を感じながらの登壇でした。
製造業を取り巻く環境は、デジタル化、人手不足、価値観の多様化など、急速に変化しています。同時に、従業員の側でも「自社の中だけでキャリアを完結させる」という従来のモデルが必ずしも当てはまらなくなっています。こうした環境変化の中で、「企業と従業員が共に学び、共に育つ」とはどういうことなのか、ということをテーマに開催されました。
活躍し続ける人材育成に向けた越境の可能性
シンポジウムの冒頭で、「活躍し続ける人材育成に向けた越境の可能性 ─ 製造業の学び直しや中小企業の協働・共創」をテーマにお話ししました。
講演の出発点:キャリアの振り返りから
講演は、私自身のキャリアの振り返りから始めました。住友信託銀行(現三井住友信託銀行)での法人営業・事業再生、東和不動産(現トヨタ不動産)での経営企画・事業開発・まちづくり、そして岐阜大学 地域協学センターでの次世代地域リーダー育成プログラムの開発と実践、名古屋産業大学准教授を経て、2026年1月にコー・イノベーション大学(CoIU)の事務局長・教授に着任するまでの道筋を、ご紹介しました。
「転々とすることで見えてくるもの」と「一つの会社で同じ仕事を続けることで見えてくるもの」、それぞれに価値があります。しかし、現代において「越境」というキーワードが重要性を増しているのは、変化の速度が増した社会では、複数の場で経験を積むことで得られる視点や知見が、企業にも個人にも、これまで以上に大きな価値を持つようになっているからです。
伝えたかった3つの時代認識
講演では、私自身の研究と実践の知見をもとに、以下の3つの時代認識を中心にお伝えしました。
第1の認識:
学び方が大きく変化している
一律・一斉で画一的な知識を詰め込めむ時代から「目指す社会に向けて何を実現すべきか」という到達地点を考える時代に変わったと思います。学校教育だけの話ではありません。企業内での人材育成も、個人のキャリア形成も、同じ変化の中にあります。
経済産業省「未来の教室ビジョン」が示すように、教室は「決められた教室・学年の中で、黒板とチョークで一律の目標のもと、一斉に受動的に学ぶ」場から、「居場所や学年や時間の制約を受けず、一人ひとり違う目標と教材選択で、多様なペースで個別に協働的に主体的に学ぶ」場へと変化しています。
文部科学省が推進する「探究学習」も、この変化を象徴するものです。
①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現という問題解決的な活動が発展的に繰り返されていく学習活動は、自ら問いを立てて答えを探していく姿勢を養います。
これはまさに、これからの社会人に求められる学びのスタイルでもあります。
第2の認識:
雇用関係そのものが、閉鎖的なクローズドな関係から、選び・選ばれるオープンな関係へとシフトしている
経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」が指摘するように、
人的資本経営により、働き手と組織の関係は、「閉鎖的」関係から「選び、選ばれる」関係へと変化していくべきです。
これまでは「一つの組織の中で、メンバーが替わらないクローズドな関係」、つまり同質性・モノカルチャーが特徴でした。
これからは「一つの組織を超えて、メンバーの出入りがあるオープンな関係」、すなわち多様性・「知・経験」のダイバーシティが求められる時代です。
メンバーシップ型雇用(終身雇用、年功序列、OJT中心のキャリア形成)からジョブ型雇用(年俸制、実力主義・能力主義、社外における自己研鑽の機会)への移行も、この変化の一部です。
「働き方の未来2035」は、AIを中心とした技術革新が、時間・空間・年齢・性別といった「壁」を取り除き、企業や組織のあり方、労働政策にも変革をもたらすと予測しています。
副業・兼業・テレワーク・プロボノなど、組織の境界を越えた働き方が一般化する中で、企業と従業員の関係性は急速に変化しています。
第3の認識:
越境学習が、これからの人材育成の鍵となる
組織の境界を越えて学び合う「越境学習」、そして越境者を受け入れる側もまた学びを得る「被越境学習」の双方向の学びが、企業の組織変容と個人の成長を同時に実現する重要な機会になります。
経済産業省「未来の教室」事業でも「越境学習によるVUCA時代の企業人材育成」が取り上げられ、社会課題の現場への越境プログラムの可能性が示されています。石山恒貴氏・伊達洋駆氏の『越境学習入門』(日本能率協会マネジメントセンター)が「日本の人事部 HRアワード2022 書籍部門最優秀賞」を受賞したことも、越境学習への関心の高まりを物語っています。
今、大手企業の人材育成研修でも、地域の中小企業をフィールドにした実践的なプログラムが注目されているのは、こうした流れの中にあります。
具体的な実践事例の紹介
講演では具体的な実践事例を多数ご紹介しました。
NPO法人G-netの取り組み
岐阜を拠点とするNPO法人G-netは、中小企業に特化した人材確保支援と地域の担い手となる若者育成に取り組む団体です。「思いを言葉に、言葉を行動に」をスローガンに、「人を集める」から「人が集まる」への転換を実現してきました。
具体的には、長期実践型インターンシップ「ホンキ系インターン」、社会人向け兼業・プロボノマッチング「ふるさと兼業」、複数企業取材型インターン「シゴトリップ」、中小企業採用支援・定着支援サービス「ミギウデ」、東海地域のヒトとシゴトを紹介する「東海ヒトシゴト図鑑」など、多様なプログラムを展開しています。
「ホンキ系インターン」長期実践型インターンシップは、地域中小企業の「新規事業」「既存事業の推進」を1つのプロジェクトに落とし込み、大学生が経営者と半年間チャレンジする取り組みです。
「ふるさと兼業」は、元インターン生の「地元に帰りたい気持ちはある。でも自分に何かできるのだろうか」という一言から始まったプラットフォームで、地域や事業に参画したい熱意ある人と、共感を起点として巻き込めるマッチングの仕組みです。
大手企業の越境研修プログラム
大手企業から地域中小企業・団体の事業推進・経営革新プロジェクトへ期間限定で取り組む、越境学習をベースとした実践型人材育成プログラムも広がっています。研修生・地域中小企業の経営者と社員・伴走するコーディネーターという「共創チーム」が、社会課題の現場に越境し、課題解決に向けた実践を行います。
このプログラムでは、研修に取り組む大手企業人材は、自組織への学びの持ち帰り、エンゲージメント・モチベーションの向上を得られます。一方、外部人材を受け入れた地域の中小企業・団体は、事業推進・経営革新・組織変容のチャンスを得られます。摩擦や葛藤の中で行動し乗り越える経験、ダイバーシティ・マネジメント経験、経営視点での事業創出・開発経験、社会的課題への貢献実感など、自社の研修だけでは得難い学びが生まれます。
「地域の人事部」という考え方
経済産業省「地域経済活性化戦略室」が提唱する「地域の人事部」は、地域の企業群が一体となって、自治体・金融機関・教育機関等の関係機関と連携し、将来の経営戦略実現を担う人材の確保(兼業・副業含む)や域内でのキャリアステップの構築を行う総合的な取り組みです。
民間事業者(企業・NPO・一般社団法人等)が「地域の人事部」となり、域内企業群および地域金融機関(地銀・信金等)、経営支援機関(商工会・商工会議所等)、関係自治体、業界団体、教育機関(高専・大学等)と連携することで、企業群と地域の関係機関が一体となった取り組み、企業群の経営戦略と人材戦略の実行を地域の関係機関が伴走支援する体制、人材の確保から育成・定着までを総合的にサポートする仕組みが構築されます。
中小企業の人材ライフサイクル全体を見据えて
地域中小企業が直面する人材課題は、「認知度が低くて学生に存在を知ってもらえない」「応募が少ない」「採用しても定着しない」「定着しても成長しない」という連鎖的なものです。
これらを別々の問題として対処するのではなく、つながった課題として捉え直すことが重要です。
当該中間支援団体は、認知・応募採用の段階では「共創インターンシップ」と「企業向け研修・セミナー」を、入社・定着の段階では「若手社員向け共同研修」を、成長・活躍の段階では「外部人材と競争する実践プログラムの提供」を、それぞれ価値として提供しています。
これらが連動することで、
認知度↑→応募↑→定着↑→成長↑・活躍↑→事業拡大↑→新規人材需要↑→共創
への好循環が生まれます。
伝えたかったメッセージ
具体事例を多数ご紹介した上で、講演の最後に強調したのは、
「これらの活動をそのまま真似すれば良いということではない」という点です。
大切なのは、自社を取り巻く社会環境が変化し、自社の社員も変化しつつあることを理解した上で、
「残すべきこと」と「変わるべきこと」を見極め、改善を続けることです。
そして個人個人としてこれからの時代に必要な共通点として、
「内省・リフレクション」
「学び続ける力」
「学び方がそもそも異なることを理解する」
「企業と個人の関係性が変化している」
「変化をチャンスと捉えるかピンチと捉えるか」
「変化・進化するのか、そのままを貫くのか」
という6つの問いを提示しました。
会社で働くこと=幸せに生きること、
幸せに生きること=経済条件以外の要素、
何を会社が実現することが従業員にとって良いことか、
選ばれる会社・人が集まる、働きたい会社になるために必要なことは何か。
これらを、企業と従業員が共に考え続けることが、「共創」の本質だと考えています。
パネルディスカッション:モデレーター
シンポジウムの後半では、パネルディスカッションのモデレーターを務めました。パネリストは3名の皆様です。
・西方 大作 氏(愛知働き方改革推進支援センター センター長)
・芳賀 亮介 氏(豊田電気株式会社 管理部 部長)
・土屋 綾子 氏(トヨタ紡織株式会社 人材戦略部キャリア成長支援室 室長)
「中小企業が企業内人材育成に取り組むためのステップ」をテーマに、行政の支援制度の解説、地域の中小企業での協業による人材育成の実例、大手企業における越境学習を含めた人材戦略まで、それぞれのお立場から具体的な知見を共有いただき、それらを横断的に議論する場をコーディネートしました。
行政、中小企業、大手企業、それぞれの視点が重なり合う中で、「企業と従業員が共に学び、共に育つ」とはどういうことなのか、についてお話しをしました。
特に印象に残ったのは、大手企業のトヨタ紡織さんの「変化に強く、自分らしく生きることのできる人材」を育成するために、他社への越境学習を含めたキャリア形成支援に積極的に取り組んでいるというお話、そして豊田電気さんの「市の表彰制度を活用した職場環境改善の取り組みや、地域の人事部での市内の中小企業との協働」のお話でした。
大手企業と地域中小企業、それぞれの規模や立場でできることがあり、その相互作用こそが地域の人材育成エコシステムを形作っていくのだと改めて実感しました。
製造業のまち・「刈谷」で語る意義
今回、自動車産業・製造業の集積地である愛知県・刈谷市で、製造業をテーマにしたシンポジウムに登壇させていただいたことには、私個人としても特別な意味がありました。
現在は、NPO法人まちづくりかりやの理事も務めており、刈谷の地は私の活動の重要な拠点の一つです。刈谷の地で、製造業の人材育成と地域経済について語ることは、自らのキャリアの全てが還元される機会でもありました。銀行員として企業を見てきた経験、不動産・まちづくりの現場で地域を感じてきた経験、そして大学教員として若者と地域企業の協働を研究してきた経験。これらすべてが、交わり合う貴重な機会でした。
ご縁をいただきありがとうございました。
おわりに
「企業と従業員が共に学び、共に育つ時代」の実現に向けて、研究者・実務家として、これからも実践と発信を続けていきます。
学びのあり方が変化し、雇用関係が変化し、越境学習が当たり前になっていく時代の中で、企業も個人も、変わるべきところは変わり、残すべきところは残しながら、共に成長していく。そんな未来を、研究と実践の両軸で描いていきたいと考えています。
シンポジウムの詳細・アーカイブ動画・各登壇者の講演資料は、
厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」
特設サイトからご覧いただけます。
最後になりましたが、ご一緒くださった登壇者の皆様、運営の皆様、ご参加くださった皆様、そして主催の厚生労働省・愛知労働局・愛知県西三河県民事務所の皆様に、改めて深く感謝申し上げます。
【関連リンク】
・厚生労働省「第5回シンポジウム開催レポート」
https://manabi-naoshi.mhlw.go.jp/symposium/report05
・関連する研究テーマ:インターンシップ・ボンディングシップ・長期実践型インターンシップ
・関連する活動内容
・関連書籍:『長期実践型インターンシップ入門』『共創の強化書』
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